終わりが見えてきたので投稿します。まずは半分。
始業チャイムまであと5分。
「ちょっと、朋也どいてどいてー!」
「……おおっ!?」
アクセル全開で突っ込んでくるスクーター。岡崎朋也はそれを寸前でかわす。
背後からの不意打ちにも関わらず、危なげない回避だ。既に2度ほど経験があるせいで、体が覚えているのかもしれない。
「……ってまたかよ」
スクーターはその後すぐに急ブレーキをかけた。甲高い音が朝の通学路に響く。
「ごめん朋也。大丈夫だった?」
振り返った藤林杏が、シートにまたがったまま声をかける。
「大丈夫なわけねえだろ。何回言わせんだよ殺す気か」
「元気そうね。じゃあ」
そのまま何事も無かったように走り出そうとする。
「ちょ、おい! 死ぬところだったぞこっちは」
「なによ、怪我一つ無いくせに。大体あんた、避けるとき結構余裕だったじゃない」
「お前のせい慣れちまったんじゃねえか。俺じゃなかったら直撃してたぞ、今のは」
「じゃあ朋也でよかったってことね。ありがと。ってもう時間ないじゃない!こんな事してる場合じゃ」
慌てる杏をみて、朋也も時計を確認する。チャイムまで残り3分。
「おお、もうこんな時間か」
「あんたと違ってあたしは学級委員だから、遅刻だらけってのもまずいわけ。じゃあね」
そう言って再びアクセル全開で去っていく。明らかに原付の法定速度を超過している。
「つーか、それが無断でバイク通学してる奴のセリフかよ……」
本末転倒だな。
嘆息し、朋也はのんびり歩いて学校に向かう。当然、遅刻確定だ。
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「セーフ。ギリギリだけど、何とか間に合った」
校舎から少し離れた場所にスクーターを停めてきた杏は、安堵の息を吐きながら校門をくぐる。
「ちょっと待て。藤林」
「えっ」
不意に呼び止められて思わず硬直する。振り返ると、そこにいたのは古文教師の幸村だった。
……なんだ、幸村のおじいちゃんか。
呼び止められた瞬間は内心ヒヤッとしたが、この人であれば特に問題は無いだろう。杏はすぐに落ち着き、いつも通りに振舞う。
「あ、先生。おはようございます!」
いかにも優等生といった感じの快活な挨拶。この辺りの教師受けの良い行動は、遅刻常習犯である杏にとって基本的な技術だった。おかげで朋也や陽平のように厳しく責められる事は殆どない。
しかし、今日は少し違った。幸村はいつもの和やかな表情を崩さずゆっくりと返す。
「おはよう。ところでさっきのバイクだが」
「!」
ばれてた。
どうやら見逃していなかったらしい。
だが、それも冷静に考えればおかしなことではない。
いつもは校門周辺を通るときは必要以上に警戒していたが、今日は流石に時間がなかったから最短コースで校門前を突っきっていたのだ。人がいればばれるに決まっていた。
「あー……あれは」
流石の杏もあせる。ばれたという事実が思考を停止させる。
停止。停学。そんな単語が頭をよぎる。
(まずい。これは流石にまずい。停学なんて冗談じゃないし、でもばれちゃった以上言い逃れなんて……)
「どうした。言い訳があるなら、聞くが」
(でも相手は幸村のおじいちゃんだし、やり方しだいでは何とか……。何て言って切り抜けるか。言い訳なんてしたら逆効果な気も)
僅か数秒の沈黙の後、杏の答えが出た。
「ごめんなさい!」
直球だ。素直に謝って許しを乞う。これが最善であると、杏は判断した。
「バイク買ったばかりだからつい乗って来たくなってしまって……でももう反省してます!二度とバイク通学なんてしません。ごめんなさい!」
深々と頭を下げる。こういうのは思い切りの良さが大事だ。計算で動いていると思われたら負けである。それに年配の幸村は、ひねた言い訳よりも素直な謝罪を好むはずだ。多分。
要は印象が大事。場合によっては減刑もあり得るだろう。
「……まあ、一度は多めに見てもいい。次はないが」
「本当ですか!?」
ばっと顔を上げる。まさか無罪とは。驚くままに声を上げた。
「ありがとうございます!」
「……反省してるなら、それでいい」
思わずガッツポーズを取りそうになるが、何とか抑えて再び頭を下げる。
こんな簡単に許してもらえるとは。楽勝と言っていいくらいだ。
「当然、遅刻扱いになるが。……岡崎、お前またか」
「えっ」
前方を見ると、ちょうど朋也が校門をくぐる所だった。悪びれもせず幸村に挨拶をしている。
そのまま二人で校舎に入る。
「よお。先に行ってたのに、どうしたんだ」
「ああ、ちょっとね」
杏はスクーターの一件を朋也に話す。
「なるほどな。じいさん相手で助かったな。普通なら停学もんだろ」
「まあね。流石に今日は油断しすぎたわ」
「どうせいずればれてただろうし、もうやめとけよな。その方が俺も轢かれなくて済むし」
「遅刻常習犯が何を偉そうに。大丈夫よ。いつも通りなら絶対にばれない自信あるし」
「そうか。まあ、俺はお前が突進してこないならそれでいいんだけどな」
教室に着いて、二人は分かれた。
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翌日。
「朋也! 後ろー!」
「うおお、お前またかよ!」
朋也は今日も寸での所でスクーターの一撃を回避する。
「お前そのうち人殺すぞ!ってか昨日の今日でもう乗ってるのか。大丈夫かよ」
「だから大丈夫だって。自信あるから」
「じいさんも流石に目光らせてるだろ。見つかったら今度こそ停学だぞ」
「もう忘れてるでしょ昨日のことなんて。年なんだから」
「いやそうかも知れんが」
「そういう訳だから。心配してくれてどうも。じゃあね」
朋也は呆れ顔で、走り去る杏を見送った。
(幸村のじいさんは案外抜け目ないというか、鋭いところもあるからな……。普段がああだからなかなか気付き辛いが)
あっという間に遠くなるスクーターを眺めながら、朋也は若干の不安を抱いていた。
思えば、問題児である春原と自分を引き合わせたのは他でもない幸村だ。最初はただの偶然かと思っていたが、考えてみれば、そうなるように意図的に仕向けた節もある。
春原も自分も、お互いに出会っていなければとっくに学校なんて辞めていたのだろう。あの老人ならば、それを事前に察知して阻止するよう働きかけるくらい、簡単にやってのけるような気がする。
(つっても、杏があっさり停学食らう展開なんて、それこそ全く想像できん。あいつの要領の良さは折り紙つきだしな。心配するだけ無駄か)
のんびりと歩きながら思う。
今日は昨日と比べて少し早い。これなら遅刻もないだろう。朋也にとっては、どうでもいいことだが。
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スクーターを停める。
杏は同じ失敗を繰り返すような女ではない。今日は時間に余裕もあるので、当然いつもの安全なルートを通ってきた。これならば、まず教師の目に付くことはない。
更に念のため、駐輪場所も昨日とは変えておいた。万が一幸村が駐輪所で見張っていたとしても、これで安全だ。
(そこまでする必要もないんだろうけど)
駐輪所からは歩いて校門まで向かう。その足取りには、微塵も不安はなかった。堂々としていれば、昨日のようなミスがない限りそうそうばれないものだ。
校門のすぐそばに幸村がいる。いつもの穏やかな表情で、通り抜ける生徒達と挨拶を交わす。
杏もその中に紛れ込み、普段どおりに挨拶してみせる。
「先生、おはようございます」
「ああ、おはよう。今日はバイクじゃないのか」
突然出てきた「バイク」の単語に内心ドキッとしたが、杏は笑顔を崩さずに返す。
「やだ先生。もう乗りませんって言ったじゃないですか。あたし、そんな嘘つきに見えますか」
「ああ、見えるな。今も嘘ついとるくらいだからなあ」
「……え」
「昨日の今日では流石にないだろう、なんて思っとったが……。反省した、なんて言っとったのも嘘みたいじゃな」
え。
鼓動が早くなる。
まさか、今日もばれてる? でも何で。どうやって。
笑顔が張り付いたまま、杏の頭は真っ白になった。
「まあ、話は放課後だ。生徒指導室まで来るように」
そう言うと、幸村は杏に背を向けてのろのろと去っていった。
淡白だが、言い訳を許さない迫力を感じさせた。
「どうしよう……」
甘く見ていた。
杏は今更ながら、自分の計算ミスを嘆いた。
あまり授業にも集中できないまま時間は過ぎ去り、放課後となった。
当然、足取りは重い。
今回ばかりは、言い訳しようが素直に謝ろうが何らかの罰は避けられないだろう。
いくら幸村が温厚だからと言っても、停学ものの校則違反を2日連続で行ってただで済むわけがない。昨日の無罪放免をもう一度、何て甘い展開はとても期待できないだろう。
しかし恐らく、幸村はバイク通学の件をまだ誰にも話していない。今日一日、他の教師からその件について一切触れられなかったからだ。杏のような教師受けのいい生徒がバイク通学なんてしていたら、もっと騒がれていないとおかしい。
つまり今なら、杏を生かすも殺すも幸村次第、というわけだ。
(言葉は慎重に選んで、とりあえず反省してるようにみせないと)
生徒指導室。
歩きながら色々とシミュレーションしていたら、思っていたよりも早く着いてしまった。
流石の杏も、緊張を隠せない。恐る恐る扉をノックする。
すぐに返事が返ってくる。いつもの穏やかな口調で。
「入りなさい」
「失礼します」
扉を開ける。
椅子に座った幸村が、杏を見るなり手招きをする。
「まあ、座りなさい」
杏は扉を閉めると、静かな足取りで幸村と向き合うように置かれている椅子の隣まで進んだ。
そして、勢いよく頭を下げる。
「すみませんでした!」
とりあえず謝る。昨日の謝罪が本気でなかったことは既にばれているのであまり意味がないかも知れないが、言い訳するよりはずっとましだ。
「頭を上げなさい」
3秒ほど経ってから幸村が言う。しかし杏はそれでも頭を下げたままだ。
「あの、先生あたし……」
「……なんとなく、わかるんじゃよ。そういう上辺だけの謝罪は。昨日もそんな感じだったから、怪しい思っっとったんよ」
「まあ、勘違いだったら気の毒な話だが、どうやらその心配は無用だったようだな」
「……え?」
思わず顔を上げる。幸村が何を言っているか、杏にはすぐに理解できた。
つまり、かま掛けられてたってこと?
「一度目は口頭注意で許したが……言ったと思うが、二度目はない」
「そ、そんな、先生」
「口で言ってもわからんようだからな。そのままこっちに来なさい」
口で言っても、って。まさか体罰。
といってもこんなよぼよぼの老人に体罰を食らっても大したダメージにはならないだろうし。そもそもこの人が生徒に手を上げるところなんて想像もつかない。
頭の中が混乱し始めていたが、杏はとりあえず指示に従って幸村の隣に来た。
「先生、あたしもう二度と……」
「謝罪は罰が済んでから聞く。こっちだ」
グッと手を掴まれ、そのまま引き寄せられる。杏は反射的に抵抗したが、見た目からは想像できないほどの強い力がそれを許さなかった。
あっという間に、杏は幸村の膝の上に乗せられた。
「ちょっと、何を」
「だから言っただろう。罰を与えるんだ。男なら拳骨入れてるところだが、女子にはこれが一番効く」
幸村が腕を思いっきり振り上げる。杏は視界の端でそれを捉え、思わず目を瞑る。
(嘘。これってまさか)
杏の予想は的中した。振り下ろされた手のひらが杏の尻にぶつけられる。乾いた音が鳴り響き、同時に杏が声を上げる。
「きゃっ! いった……」
思わず自分の尻に手をやる。
ひりひりとした感覚が残っている。
「手をどけなさい」
「……あっ」
手首をつかまれ、無理やり尻から離されてそのまま押さえつけられる。先ほどと同じで、とても定年間近の老人とは思えない力だった。
「じっとしていろ。まだまだ始まったばかりなんだ」
言い終わるが先か、2発目、3発目と続けざまに叩き込まれる。
「ひやっ」
杏の頭は完全にぐちゃぐちゃになっていた。
(なんで? お尻叩きってそんなのされた事もないのに、こんなおじいちゃんに。全然動けないし、どうなってるの)
突然尻を叩かれた驚きと恥ずかしさで、思考がまとまらない。
更に、4発、5発と続くごとに尻の痛みも激しくなってくる。
「どうだ、少しは反省できてきたか」
15発目。杏は痛みでまともに返事もできなかった。
声が外に漏れないように必死で耐えながらも、既に目じりには涙が溜まっていた。
そのまま仕置きは続く。20、30と回数を重ねるにつれて、杏は泣き声を抑えられなくなっていった。恥ずかしさや後のことを考える余裕はどんどん無くなっていき、ただ、この場から逃れたいという気持ちだけが強まっていた。
そして50発目を迎えたところで、幸村は一旦手を止めた。
既に杏の泣き叫ぶ声は、隣の部屋に届くほどに大きくなっていた。
(終わった……?)
次の一撃がこない。やっと解放されるのだろうか。
そんな期待が杏の脳裏をよぎる。
「50回。少し疲れたな。こんな指導をしたのは久しぶりだ」
「せ、先生。もう……」
「ああ、あと半分だ。しっかり反省しなさい」
半分。
そんな。これがまだあと半分なんて。
絶望が杏を包み込む。これ以上続いたら、本当にどうかしてしまう。
「耐えられないです。先生、もう許して下さい」
停学のことなどはもう頭にない。これ以上尻を叩かれたくない、ただそれだけだった。
「……まだ全然反省できていないようだな。どれ、少し厳しくするか」
杏の願いもむなしく、幸村はそう言うとすっとスカートに手を伸ばした。
そして一気に捲り上げる。
白と水色の縞模様が露になる。杏は驚いてばたばたと暴れる。
「嫌! ちょっと何するの」
しかしそんな抵抗は何の意味もなく、幸村は黙って下着に手をかける。
「そんな、やめて!」
下着は膝まで下ろされ、杏の尻はむき出しになった。
あまりのことに、鼓動が加速し、頭は真っ白になった。
部屋の空気が素肌に触れ、羞恥心が一気に高まる。
「いやああ!」
必死に手で隠そうとするが、押さえつけられているためそれはかなわない。幸村はあくまでも淡々と告げる。
「なに、すぐに恥ずかしいなんて言ってられなくなる。残り50回行くぞ」
そして一切の加減もなく、51発目が振り下ろされた。
「ひいっ」
既に真っ赤になっていた尻に、くっきりと手形が残る。守るものが何もない状態での一撃は、先ほどまでよりも一層強い痛みを与えた。
「ごめんなさい! もう許して!」
半ば絶叫するように許しを乞う。しかし、当然聞き入れられるわけもない。
無言の幸村は、機械のように回数を重ねる。
杏の尻は見る見るうちに赤みを増していき、70回を超えると、ペンキでもぶちまけたかのような有様になっていた。
「どうだ。何か言うことはあるか」
幸村は一旦手を止め、尋ねる。
既に生徒たちはみんな帰った後だ。杏がしゃくりあげる音だけが室内に響く。
「……せ、先生。あたし……」
「ああ」
「ごめんなさい。もうバイク通学しません。嘘もつきません……」
「……そうか。じゃあ、あと30発我慢しなさい。それで終わりだ」
「はい……」
幸村の諭すような口調に、杏は素直にうなずく。
抵抗する気力もなくなり、すっかり反省しきっていた。
それからの残り30発も、杏は泣き叫び続けた。優しい口調の幸村だったが、その手には相変わらず一切の加減がなかったのだ。
100発目が終わった後も、杏はしばらく泣き続けた。
腕の拘束も解かれて自由になっても下着を穿き直さず、むき出しの尻を恥ずかしがる余裕もなく、ただ嗚咽交じりに謝罪した。
「ごめんなさい。あたし、もう」
「ああ。これだけやれば、十分だろう。ちゃんと謝れたし、今日はもう帰りなさい」
「はい……先生、ありがとうございました」
ようやく立ち上がった杏は、服装を整えて深々とお辞儀した。そして鼻を啜り、涙を拭いながら扉を開け、生徒指導室を後にした。
今日はバレーの授業で、義武は完全に磔状態だった。
「ようし。じゃあお前ら、一人づつ順番に、義武のケツにサーブをぶちかませ」
ぴゅい、と体育教師の森田が笛を鳴らすと、列の一番前に立っていた生徒が手に持っていたバレーボールを真上に投げ上げた。
「そう、れっ」
見事なフォームから勢いよく放たれたサーブ。それは真っ直ぐに義武のケツに向かった。
「おっほ」
ボールが激突した瞬間、義武は堪えきれず声を上げた。ピンポイントに当たったら、すげえ痛いのである。そして義武は自らのケツがどうかしてしまったのではないかと心配になり、触って確かめてみたそうな顔をした。磔にされている為、それは叶わぬ願いである。
「へいへいへい。一発目で声上げるなんて情けないねー」
「そんなんで残り耐えられるわけー?」
野次が飛ぶ。
無理だろうな、義武は思ったが、決して声には出さない。弱音を吐くことも抗議することも、今の彼には許されていない。下手に発言して彼女らを逆上させれば、これ以上の酷い罰を受けることになるかもしれない。一応森田が監督してくれているとはいえ、それも女子たちの怒りの前では当てにならない。
「次行くよー」
次の生徒が声を上げる。そして言い終わってすぐに、2発目の衝撃が義武を襲った。
「っふお」
漏れ出した声とともに、義武を磔にしている十字架が揺れた。暴れたところで拘束が解けるわけではない。しかしそれでも、義武は暴れずにはいられなかった。痛いからである。
「ほい次ー」
3番手にバレー部の女子が見事なサーブを決める。強いドライブのかかったそれは、義武のケツに強烈な摩擦を与えた。あまりの熱さに、義武はケツが火傷したのではないかと疑った。そしてそれを確かめてみたそうな顔をした。しかし皆に背を向けている為、その表情は誰にも伝わらなかった。
「あれ、何も言わないね」
「もしかして泣いちゃった?」
女子達の声の通り、義武は泣いていた。声こそ上げないが、その両目からは確かに涙が流れていたのだ。その理由は痛いから。ケツが猛烈に、焼けるような感覚。それだけで涙するに十分だった。
しかし、それだけではない。
義武は心の底から、悔しがっていた。
俺は悪いことなんてしてない。
ただ、女子のスカートがひらひらしてるから、中が気になって、捲ってみただけなんだ。
そしたらパンツがあったから、中が気になって、下ろしてみたら、さらにケツがあったから、何重構造だよって思って、叩いてみた……それだけなんだ……。
「それ十分じゃないのー」
クラスメイトのエスパー雅美が義武の心を読んだ。同時にサーブを放つ。
念力によりあり得ないほどの回転がかかったそれは、義武のケツに当たった瞬間、焦げ臭い臭いを発した。
「くせえ! 義武、くせえ!」
一人の女子が大きな声で言うと、皆いっせいに笑い出した。監督責任者である森田でさえ、くすっとした。しかしもちろん、義武に笑みはない。
「ふおっふおおお」
燃え上がるようなケツの感覚に、義武はパニック状態だった。もうケツがないんじゃないかとさえ思えた。今までの人生が楽園に思えた。走馬灯がチラッと見えた。
しかし、そんな義武の16年間を打ち砕くかのように、次なる一撃が放たれる。
佐々木、宇都宮、榎本の仲良し三人組である。
彼女らの仲良しぶりは校内の生徒全員が知るほどであり、それ故に、サーブも三人で一回だった。
「「「義武耐えられそうにないし、これで一回にしてやんよ」」」
喋りさえも三人は同時だ。
さらに、毎日同じ飯を食っているし、風呂も一緒に入るし、トイレも三人で一室をシェアする。
顔もそっくりなため、三つ子かクローンではないかとの噂も絶えないが、三人はそれを否定し続けている。「あたしらミラクル級に仲良しなだけなんで」が決まり文句だ。
そんな三人の放つサーブは、エスパー雅美の協力の下、成り立つ。
まず、雅美の超能力により、仲良し三人組は霊体となり、ボールに憑依する。抜け殻となった肉体は崩れ落ち、パンツは丸見えとなる。
そして雅美は三人分の魂に加えて自らの念力をボールに込め、全力のサーブを放つのだ。
「「「いっけええええ」」」
三人分の魂と念力が乗ったボールは、ボールの形をしたエネルギー弾と言えた。
青い光を纏った三人+一人の一撃は、稲妻のような軌跡を描き、義武のケツに向かった。
そして衝突の瞬間、体育館内は閃光に包まれた。
その時、義武はビックリしていた。まさか齢16にしてエネルギー弾による攻撃を受けることになるとは、思っていなかったのである。まるでドラゴンボールだ、と光の中で義武は思った。少年漫画を愛する義武にとって、ドラゴンボールの戦いは一種の憧れであったが、流石にこの状況でそれを喜ぶ余裕は無かった。ただ漠然と、戦いの中に身を投じている自分を、思い浮かべていた。
あまりの衝撃に十字架が軋む。体育館ごと吹き飛ぶのではないかというほどの威力。義武の正面に位置していたステージの幕は、衝撃波に耐え切れず引き裂かれた。ステージ上の飾られた校章は壁にめり込んで見えなくなった。
しかし、義武は生きていた。ケツはえらいことになっていたが、命はなんとか繋ぎとめられた。痛みはもはや無く、ただ、えらいことになっているという実感だけがあった。
荒い息を上げる。失いかけた意識を取り戻す。そして、背後から声が聞こえていることに気づく。
「やば。ボール破裂しちゃった」
「ちょ、雅美やりすぎ。マジ光りすぎで目とか痛いし」
「つーかやばかった。あたしらも死んだかと思ったもん」
ごめーん、と雅美は笑いながら、抜け殻となっていた三人の肉体に魂を呼び戻す。
目を覚ました三人は、しかし次の瞬間に気絶した。全精神力を使い果たしたせいだ、と雅美が皆に説明する。再び丸見えとなったパンツは、森田を興奮させた。
「しかしなあ、お前ら、流石にもういいだろ」
気を取り直して森田はため息をつく。
「ボールも無くなったし、体育館ボロボロだし、それにほら、見てみろ義武のケツを」
指差した先を見た女子達の間で、悲鳴が上がる。
見た目のグロテクスさにおいて、義武のケツは彼女達の約16年の歴史を塗り替えるほどだったのだ。目にした瞬間に、嫌悪感から逃げ出す者や、嘔吐する者さえいた。
森田は女子達の予想外の拒否反応にビックリした。グロ画像を掲示板に貼り付ける嫌がらせを唯一の趣味としていた彼は、耐性が強かったのだ。「ちょ、そんな、落ち着けよ」と口では皆を取り成しながらも、おろおろしていた。
「やべえ! 義武、やべえ!」
そんな阿鼻叫喚の体育館内で、一人の女子が大声を上げる。先ほど義武のケツの臭いを敏感に察知した女子だ。彼女は何かと大声を出す。
「やべえ! ケツ! やべえし!」
すると他の女子が、さっきの「くせえ!」の流れを思い出して思わず噴き出した。笑いが皆にも伝染する。嘔吐した者も、自分の吐しゃ物に笑った。
あっという間に体育館が笑いに包まれ、義武のグロテスクなケツもネタ扱いされた。
「ケツウェルダン!」と皆で声をそろえて言うのが一瞬で流行した。
森田も顔を伏せてニヤニヤし始めた。
「いや、笑えねえし! ケツ! やべえよ! 義武!」
館内の笑いは、間もなく校内全域に広がっていく。
ただ二人、義武のケツを本気で心配していた女子と、義武本人を取り残して。
「義武! 義武! ケツ!! ケツが!!」
絶叫し続ける女子と周囲の笑い声の中、義武は気絶した。
まさか本当にあるなんて。
正直信じてはいなかった。同窓会の2次会で、酒に酔った旧友の、それも人伝に聞いたという話だ。鵜呑みに出来るはずはない。それでも。
あれさ、まだ残ってるらしいよ。場所もそのまんまで。捨てりゃいいのに、よっぽど面倒だったのかな。
まじで、と笑いながら聞いていた私は、しかし内心動揺していた。忘れていた記憶が、呼び起こされた。どうしようもなく嫌な記憶でしかないはずなのに、その話を聞いた時から胸の昂ぶりが止まらなかった。
抑える為には、来るしかなかった。
「ほんとに、そのまま……」
近づいていき、そっと手を伸ばす。埃にまみれながらも、その姿は記憶のまま。あの頃の空気を、確かに思い出させてくれた。
痛くて、恥ずかしくて、ただただ辛い思い出。
それでも私は、ここに来てしまった。そして『それ』を見て、触って、何故かほっとした。変わらないでいてくれた事に、純粋に安心した。
「まだ……動くかな」
肩に下げていた荷物を下ろすと、その中から乾電池を数本、取り出した。そして『それ』の側面に手をかけ、蓋をはずす。中に、電池をはめ込む。
いつも背面から伸びているACコードを繋いでいたから、電池駆動もできるなんて知らなかった。今日のために、わざわざ調べておいたのだ。
作業を進めながら、苦笑した。廃校舎にまで忍び込んで、何を必死になっているんだ。
そんなにも、この子が見たかったのか。また『おしおき』されたかったのか。
「……」
自分でも説明なんてできない。ただ気持ちの通りに動いたら、こうなっていただけ。そして今も、思うままに動いている。この後どうするかなんて考えていない。
準備が終わった。
そっと電源のスイッチを押すと、POWERランプが光り、懐かしい駆動音が聞こえる。
『腕』が定位置まで上がり、少しするとREADYランプが点灯する。
その光景を見ていた私は、泣きそうになっていた。そうだ、この瞬間が、一番恥ずかしかった。みんなの前で先生が電源を入れ、準備完了を待つのだ。腕が上がっていくのを見ながら、私の心臓は破裂しそうなほどに強く鳴っていた。顔だって真っ赤になっていたに違いない。
そして準備が終わったら。
私は念のため周りに誰かいないか確認してから、スカートの中の下着に手をかけた。それを膝の辺りまで下ろすと、そっとスカートを捲り上げた。
この子は初期のタイプだったから、下着を脱がせるような高度な機能はついていなかった。
みんなの前で自らお尻を出すのは、耐えられないくらい恥ずかしかった。『おしおき』の前に泣き出してしまって、追加の罰を受けた子もいた。
辛いのに、恥ずかしいのに、私は自ら進んで『膝』の上に乗った。あの頃では、考えられなかった。
私は、卒業してから10年、この子を求めていたのか。叱られたかったのか。感情もない機械にお尻を叩かれてわんわん泣きたかったのか。それは一体、どういう気持ちだろう。
考えても、表現なんてできない。誰にも分かってはもらえない。私にもわからないのだから。
でも、今の私の行動には強い想いがある。
それだけ確かで、だから迷いもなく。
運転スイッチに手を伸ばす。きつく目を瞑り、覚悟をこめて指を押し込む。
「おしおきを、お願いします」